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BORDERLINE (6) [BORDERLINE]

    ◆1話目から読む◆

「こんな話、アキラさんにしか出来ないんだけど聞いてくれる?」
「えっ、何?」
「あたしが中学生の時に両親が離婚したの。父親の暴力が原因で」ケイはグラスをテーブルに置いてタバコに火を点けた。
「父親は警察官なんだけど、あたし、子供の頃から毎日のようにもの凄い虐待を受けてきたの。本当にこのまま死ぬんじゃないか、っていうくらい殴られた事もある。お母さんもよく殴られていた。それも平手じゃなくて握り拳でだよ? 普段から鍛えている警察官が手加減無しで思い切り殴ってくるんだよ?」ケイは握り拳を作って見せた。「普段は優しいし、近所からも評判のいい父親なのに、突然何かに取り憑かれたみたいに豹変するの。それがいつ始まるか分からなくて、内心いつもビクビクしていた。でもそんな風に腫れ物扱いすると余計にエスカレートするから、普通の親子のように甘えてあげるの。本当はもの凄く怖いんだけどね。優しいときのお父さんは好きだから。そうやって甘えていても突然怒りだして殴ってくるの。あたしは顔が鼻血で血だらけになって、お父さんの手があたしの鼻血で真っ赤になってるのに、お父さんはあたしに『ヨシヨシってしてくれ』って言うの。あたしは自分の鼻血で真っ赤になりながら、お父さんの頭を撫でて、ヨシヨシってしていた。まだ小学生の時だよ? いつも辛くて唇を噛み締めてた...。唇に黒いアザがあるでしょ?」ケイは下唇を突き出して見せた。ケイの下唇にはホクロのような黒いアザがあった。「これはホクロじゃないよ。唇を噛み締め続けて出来たアザ。...消えないの」ケイは私を見ながら目を細めた。微かな音量でマイ・ファニー・バレンタインが流れていた。「境界性人格障害って聞いたことある?」
 私は首を横に振った。
「ボーダーラインとも呼ばれる人格障害の一種」ケイは口からタバコの煙をふぅっと吐き出しながら、タバコを灰皿に擦り付けて火を消した。「あたしもそれなんだ」
 もちろん私もその病名を知っていた。だが今はケイの話を聞こうと思った。「病院には通っているの?」私はケイに聞いた。
「高校生の時、一度だけお母さんと一緒に神経科みたいな所へ行った事があるんだけど、自律神経失調症って言われた気がする。それっきり行ってない。効果が無いような気がしたし、それに、そういう所に通っているなんて周りに知られたくもなかったしね。別に普段生活する分には、そこまで支障ないし...」ケイは向き直って私を見た。「この前たまたま本屋さんへ行った時にボーダーラインに関する本があって、読んで見たらあたしにも充分当てはまるの。アキラさん、こんなこと言ったら、引いちゃったでしょう?」
「ううん、そんなことないよ」
「よかった。他の人にはこんな話、なかなか出来ないから」
 私は密かに混乱していた。その時、高校時代に読んだ聖書の言葉が脳裏を過った。

  もし盲人が盲人を手引きすれば、二人とも穴に落ちるであろう

 私はケイを抱き寄せて「もしも朝、日が昇る頃に起きれたら、二人で朝日を見よう。ここから見る朝日は、きっと綺麗だよ」と言った。ケイは黙って頷いた。「今のうちに少し寝とくといいよ。起こしてあげるから」
 
 私は一人でソファに座りながら、何を見るわけでもなく窓の外を見ていた。既に私は自分を失いつつあった。
「アキラさんは寝ないの?」ベッドの中からケイがきいた。
「いや、俺も少し寝る」そう言って私はベッドの中に入った。
 暫く黙って天井を見ていたのだが、私はケイに覆いかぶさった。ケイの心臓がドキドキしているのが伝わった。ケイは目を閉じて、私はケイの唇にキスをした。まるで小学生同士のキスのように、唇が触れ合うだけのキスだった。
 首筋にキスすると、ケイは歯を食いしばってくすぐったいのを我慢していた。私は体に巻いているケイのタオルをゆっくりと外した。前にノリオが言っていた通り、下着は着けていなかった。ケイは私の顔を見ていた。そして乳首を口に含むと微かにケイは声を出した。
「感じる?」と聞くとケイは小さく首を縦に振った。私は舌先でもう一方の乳首を舐めた。ケイは少しだけ大きな声で喘いだ。「恥ずかしくないなら、もっと大きな声を出しても平気だよ」と私は言った。私は完全に偽善者のようになっていた。ケイに少しでも気持ち良くなってもらいたいというよりも、感じているケイの姿を見て私が満足したかったのだ。そして彼女の記憶の奥底に私の姿を残したかったのだ。その時点でケイを愛していたのかどうなのか正直わからない。だから私は彼女を抱くべきではなかったのかもしれない。
 たしかに私とケイとの間には美しい光りがあった。その光りが二人を結びつけた。それは傷付く二人に与えられた明るい未来のように輝いていた。けれど私が彼女を抱いた瞬間、その光りは消えた。そしてもう後戻りすることもできなかった。

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