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BORDERLINE (2) [BORDERLINE]

    ◆1話目から読む◆

 以前私がDJをしていたクラブのバーテンから電話があり、「ケイって名前の女にパブのことを教えておいたんで、今夜あたり行くと思うからよろしく」と言われた。
 その夜、ケイは会社の同僚と3人でパブに来た。それがケイとの初めての出会いだった。
「綺麗なバーですね」。ケイは初めからテンションが高かった。
 美貌な3人は大手の化粧品会社で美容部員をしているとのことだったが、彼女らの口からは平然と卑猥な言葉や汚い言葉が飛び交っていた。中でもケイはリーダー的存在だった。
 ノリオはすぐにケイに魅かれた様子だった。私はパブの片隅で黙々とレコードをかけていた。
「これ、俺が撮った写真なんだけど、よかったら観てくれない?」。そう言ってノリオはたくさんの写真をケイに手渡した。
「すごい!。綺麗!。カメラマンなの?。こんな綺麗な写真、初めて観た」
 ノリオは得意げにケイの隣に座った。写真の内容を知っていた私は、写真の雰囲気に合わせて選曲し、ノンストップで曲を繋いだ。
 フォトジェニックな風景写真とチルアウト系音楽に包まれた彼女らは、きっと居心地が良かったに違いない。気が付くと既に夜中の3時を回っていた。
「アキラ君もこっちに来て一緒に飲もうよ」。ノリオは私を呼び寄せた。私は意外なギャグをカマして、意外にもウケた。
「ごめんなさい。初めはチョット怖いっていうか、危ない人だと思ってたの。ただひたすら黙々とレコードをかけてるし。でも凄く面白い人だったんだね」。ケイは笑いながらそう言った。
「こんな時間まで飲んでて、明日は仕事大丈夫なの?」とノリオが訊いた。ケイは、
「明日は3人とも休みなの」と答えた。
「じゃあさぁ、今からみんなで俺ん家行って、軽く飲み直そうよ。すぐ近くだから」
 家に着くとノリオはマリファナを紙に巻いて、2本のジョイントを作り、5人で回して吸った。
 暫くするとマリファナが効き、スローモーションの様にゆったりとした時間が流れ始めた。
 ノリオはケイの隣にベッタリと張り付き、飽きもせずに自分の写真を見せていた。それが彼のいつもの手口なのだろう、と私は思った。私は他の女の子2人を相手にバカ話を連発し、3人で転げ回り、腹が千切れるほど大笑いし合っていた。気が付くとノリオとケイは別の部屋へ移動していた。
 私は異常にハイテンションでありつつも、反面どこか冷静だった。
「さてと、俺はそろそろ帰るとするかな」と私が言うと、女の子の一人が、
「ケイ!。あたし達もう帰るよ!」と叫んだ。
 ノリオと二人で別の部屋に居るケイは、「ごめん!。まだ居たいから、あれだったら先に帰ってもいいよ」と言い放ち、私達はケイを置いて帰った。
 
 その日以来ケイは、ほぼ毎日、パブに姿を現した。開店時間から閉店時間まで居て、そのまま一緒にノリオの家に泊まる日もあれば、閉店前に飲み代を払って、半同棲中の男の家へ帰ってゆく日もあった。そしてそんな夜はいつも、ノリオの恋の相談相手をしなければならなかった。
 聞くとノリオは同棲していた女とはきっちり別れ、その事をケイに告げたにも関わらず、ケイの気持ちは一向にハッキリしないという、例のごとく私にとってはどうでも良い話だった。
「でもさぁ、アキラ君、聞いてよ。ケイの方も一応、男に俺のことを話したらしいんだけど、相手の男は『誰と何をしても構わないから、自分とは別れないでくれ』って言っているらしいんだ。信じられる?。自分の女が他の男と寝ても構わないなんて」

 いつも私はパブの中で黙々とレコードをかけていたので、あまりケイと話す機会は無かった。いや、たとえDJをしていなかったにせよ、距離を置いたように思う。何となく彼女とは相性が悪い気がしていたからだ。けれどいい加減、ノリオの恋の相談役に辟易していた私は、思い切ってケイと向き合うことにした。
「ケイちゃんのもう一人の彼って、どんな人なの?」。私は出来る限り友好的に訊いた。
 ケイは少し俯いてから慎重に答えた。「たぶんアキラさんとも友達になれるような人だよ」
「それはどうだろう。俺はもともと体育会系だし、弱っちい奴は苦手なんだ。あ、別にケイちゃんの彼が弱っちいって意味じゃないよ」
「そう言われてみたらあの人、体育会系ではないみたい」
 私は面倒になって、回りくどい事をやめた。「全くもって俺には関係のない話だと思うけど、ノリオも毎日悩んでいるみたいなんだ。ケイちゃんの気持ち次第でどうにでもなると思うけど、このままズルズルっていうのは、少なくとも二人の男を傷つける結果になるんじゃないのかなぁ」
 ケイは不適な笑顔を浮かべて言った。「アキラさん、あたし胸が痛い。胸がすごく痛い」

 別に誰が傷つこうが私の知った事ではないのだが、その日以来、私がケイに興味を持ったのは確かである。かといって、何一つ状況が変わる訳でもなかった。ただその日以来ケイはパブに来ると、必ず私の近くに座るようになった。いつしか私はノリオの恋の相談役が、それほど苦痛でもなくなっていた。
 そしてその夜も二人だけになってしまったパブの中で、例のごとく、ノリオはケイの話を始めた。
「意外とケイは男慣れしてないのかも知れないよ?」
 私のケイに対する興味に牽制球を投げるように、ノリオは初めてケイとのセックスを打ち明けた。
「最初は割と軽い女だと思ったのに、何か違うんだよ。初エッチの時も二人でホテルへ行ったんだけど、風呂から上がってきたケイは、タオル一枚だけ体に巻いて俺の隣りに座ったんだ。コイツ、絶対ヤリマンだと思って、いざヤってみると何ていうか、セックスに慣れてないっていうか、処女を抱いてるみたいな感じなんだ」
 そんな話しを聞かされた私は胸が苦しくなった。
 ノリオはアイスペールに氷を入れて、ウイスキーのボトルと氷の入ったロックグラスを二つ並べた。私はグラスにウイスキーを注ぎ、今日の労をねぎらう意味で乾杯した。ノリオは一気にそれを飲み干した。「でもケイ、オッパイが小さいんだよ。足も思ったより太いしさぁ...」
「でも顔はかわいいんじゃない?」。私は期待に応えてそう言って差し上げた。
「ちょっとチヤホヤされるからって、調子に乗ってチョロチョロしなければいいんだけど。煽てるとすぐに調子に乗るから」。ノリオは誇らしげだった。結局は自慢したいのだ。「でもケイといると飯はおごってくれるし、ここの飲み代もキチンと払ってくれるし、そういう意味じゃ助かってるよ」
 俺には二人が何をしてどうなろうと無関係だ。そう思いつつノリオに微笑んで見せた。
 電話のベルが鳴ってノリオが出た。「おおクミか。久しぶりだな。全然来ないから心配してたよ。えっ?。今から?。マジで?。わかった、待ってる」
 ノリオが電話している間、私は以前交際していたアサコという女のことを思い出していた。
 私達はまるで、互いの傷口を舐め合う兄弟の子猫のように、必要とし合い、励まし合い、何よりも二人の時間を大切にした。そんな風に私を必要としてくれる人は、後にも先にもアサコだけだった。
   
    
 20歳で学生のアサコと、一歳年下で駆け出しのDJだった私は、同じマンションの住人で、お互い一人暮らしだった。知り合って間もなく私達は恋に落ち、私はアサコの部屋に入り浸った。
 当時はまだ携帯電話がなかったので、アサコの親から電話が来た時に、アサコが不在がちだと、何かと不都合だった。私達は彼女の親には内緒で付き合っていた。私とは違い、裕福な家庭で厳格に育てられたアサコは、二人が付き合っていることがバレると実家へ連れ戻される、と言って慎重に振る舞っていた。
 私達は人として自然に理解し合い、飾り合うこともなく、素直な自分達でいられた。
 その分よく喧嘩もしたが、それは互いをもっと深く理解し合いたかったからで、喧嘩してもすぐに仲直りできた。 けれど私達の喧嘩は日に日にエスカレートし、言葉巧みなアサコの攻撃に私が敵うわけがなく、ある夜、私は怒って彼女の部屋を飛び出した。私には彼女の暴走を止める為の言葉が用意できなくて、そうするしかなかったのだ。もちろんすぐに戻るつもりだったので、二時間くらい熱りを冷ましてから彼女の部屋へ戻ってみたのだが、テーブルの上に、涙でインクの文字が滲んだような手紙が置いてあって、彼女の姿は無かった。

 あんな風にアキラが出て行ってから、もう何もする気になれません。
 私にとってアキラは、ただひとりの、ひとりだけの人なの。
 今さらもう遅すぎるかしら...
 でもアキラを探しに行きます。

 手紙にはそう書かれてあった。
 直ぐさま私はアサコを探しに走り回ったが、何処にも見つからなかった。度々部屋へ戻ったりもしてみたが、彼女は居なくて、待っていても何故か彼女が帰って来る気がしなかった。そして再び外へ飛び出し、一晩中探し回った。

 次の日の朝、彼女は遺体で発見された。ビルから飛び降りたらしい。
 警察によると、彼女の服は泥にまみれ、ボロボロに引き千切られていて、股間からは男の体液が検出されたとの事だった。アサコは夜中に何者かにレイプされ、その後投身自殺したのだと判断していた。
 アサコは処女だった。アサコは幼少時代に両親のセックスを目撃した事がトラウマとなり、ペニスを拒絶していた。

 私は自分の中の〈なにか〉が音も無く壊れていくのを感じた。まるで、体内の細胞すべてが蒸発してしまったかのよう様な皮膚感覚に支配され、眼の前の現実の光景が曖昧になった。


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BORDERLINE (1) [BORDERLINE]


    ボーダーライン


 ケイは時計を見て溜息をついた。あたしの人生は時間に追われて終わるんだわ。そして洗い立ての下着を乾かすドライヤーのスイッチを切り、まだ半乾き状態のそれを履いた。思ったよりも濡れていて不快だったが、時間がもったいなかったし、初夏の日差しが自然に乾かしてくれるだろうと思った。
 そんなケイには同じ歳の恋人がいるのだが、恋人以外にも時々会ってファックする男が何人かいて、私もその内の一人だった。


 1995年。初めてケイに出逢った時、私はまだ25歳で、彼女はまだ21歳だった。
 そのときの私はケイに対してあまり興味がなかったように思う。なぜなら私の目に映る美貌な彼女は、彼女を取り巻く男たちからチヤホヤされるあまり、勘違いなつくり笑顔で「イイ女」を演じつつもどこか見窄らしく、同時に、簡単に男と寝る女、という雰囲気も醸し出ていたからだ。
 仕事仲間であるノリオも、そんなケイを見抜いていたようだった。ただ、私とノリオが違うのは、私はいくら美女でも簡単に男と寝る女には興味がなく、ノリオはすぐにでもファックできそうな美女だからこそ、手を出さずにはいられないことだった。
 そして翌日、ノリオとケイは二人揃って私の眼の前に姿を現した。二人がどうなろうと私の知ったことではないのだが、厄介なことに、その日以来毎日のように、ノリオの恋の相談役を演じる羽目になってしまった。ケイには半同棲中の男がいるらしく、ノリオの独占欲と恋心はめらめらと燃え上がり、すっかりケイの虜になってしまったのだった。

 当時、私はクラブDJだったが、レギュラーで契約しているクラブが次々とクローズし、ほぼフリーター状態へ陥っていた。そんなある日、潰れたクラブの常連だったクミに偶然出遇い「おすすめのパブがあるから行こう」と誘われて行った先が、ノリオの経営する小さなパブだった。
 パブに着くと中には客が一人も居なく、ブラックライトの照明だけが店内を蒼く妖しく彩り、というか寒々しく、耳が痛くなるようなノイズと大音量でユーロビートが鳴り響き、カウンター10席程度の店内をより一層狭く感じさせていた。
「おお!。クミ。いらっしゃい」。L字型のバーカウンターの中から男の声がした。男は色黒で鼻髭をはやし、白いTシャツに黒いベースボールキャップを冠っていた。
 クミは立ったまま、腰を屈めカウンターに肘をつき、笑顔で男と話し始めた。私は、クミの腰が前後にブラブラ揺れるのをぼんやり見つめながら、この男に対するクミの入れ込みようを勝手に想像し、恐らく一人で切り盛りしてるであろうパブの中全体をぐるりと見渡した。
 私はこれまで、レギュラーで契約しているクラブが何件も潰れてゆくのを見てきたので、無意識的にクラブ経営における失敗例が体に染み付いており、直感的にこのパブが潰れるのも、時間の問題であることを確信した。
 そこにいる私はこのパブの為にクミが用意した、単なるカモに過ぎない。だが私はそんな被害妄想からくる敵意を剥き出すよりも、むしろ楽しむべきだと判断した。

「ねえ、アキラ君もマリファナとかやるの?」。突然クミが訊いてきた。
「なんだよ、いきなり」。私は驚いて見せた。
「もし今持ってるなら、少しでいいから売ってくれない?」。クミがそう言ったとき、男の目が僅かに輝いた。どうやらこのパブは、潰れる前に警察に摘発されるだろう。そんなパブに金を使うくらいならアジアの難民に募金すべきだ。これは楽しむどころか、これ以上彼らと関わるのは危険かも知れない、と私は思った。
 しかし、そのときの私はどうかしていた。しかも持っていた。それも大麻ではなく覚醒剤を。前日クラブで後輩から貰ったものが財布の中に入っていた。
「金はいいから、3人でここでキメようか」と私は言った。
「えっ?。今、持ってるんすか?」。私が頷くと男は営業時間中にも関わらず、店の入り口の鍵を閉めた。それはいつもの事のようだった。
「でも俺が持っているのはクサじゃなくて、こっちの方なんだ」。私は覚醒剤の結晶が何個か入った、透明で小さなパッケージをかざして見せた。
「すごい!。アキラ君!」。クミが私の腕を掴んで叫んだ。
「大丈夫?。彼女」。私は男に訊いた。
「彼女のことなら、俺が責任持ちます」と男が答えた。
 私はパッケージから覚醒剤の結晶をひとかけらだけ取出し、アルミホイルの上に乗せ、下からライターで炙り、出てくる煙をストローで吸い、他の2人に回した。もともと私は精神障害を引き起こす覚醒剤なんて好きではなかったので、吸った煙を肺に溜め込まず、そのまま吐き出した。男はまだ半分以上残ったアルミホイル上の結晶を、全部一人で吸い尽くした。そしてテキパキと窓を開け、入り口の鍵を開け、私の隣に座り、大きく開いた瞳孔を私に向けた。
「俺、ノリオっていいます」。ノリオは握手を求めてきた。
「俺はアキラ。よろしく」。そういって私は彼と握手した。
 ノリオは完全にハイになって、マシンガンのように喋りだした。自分の車の自慢など、殆どが彼の自慢話ばかりで、私には少々苦痛だった。それでも適当に相槌する共感能力だけは失わなかった。聞くとノリオは私と同年齢らしい。
「俺はDJなんだけど、殆どの店がクローズしたから、ほぼプータローだよ」。私は自作のアンビエント系ミックステープを渡した。ノリオはそれを受け取ると、暴力的なBPMで流れるユーロビートのCDを止めて私のテープをかけた。音楽のBPMが一気に下がって私はホッとした。
「ユーロビートがメインなの?」。私はノリオに訊いた。
「そんなことないよ。何でも聴く。一応聴く耳は持ってるつもりだよ」
「こういうジャンルはあまり聴かない?」
「嫌いじゃないよ」とノリオは答えた。
「アキラ君、あたしにもテープ作って。っていうかアキラ君、ここでDJやれば?」。おもむろにクミがそう言った。
「ほらぁ。クミちゃんが変なこと言うから、ノリオ君、困っちゃったよ」と私は言った。
「まぁ、アキラ君みたいなDJが居てくれたら超楽しいとは思うけどね。でも儲かってないからさぁ。ご覧のとおり」とノリオは照れ笑いした。それ以前に私にその気がなかった。
「アキラ君がDJするなら毎日通うよ」とクミが言った。俺が居なくても毎日通いたいんだろう、と私は言いたかった。
 でもこのパブはそこそこ大きな音を出しても平気そうだし、暇つぶしにはなりそうだ。それに家で悶々とミックスを考えるよりは、少しは客観的にもなれるだろうと思った。
 ノリオは私のドラッグのコネクションをあてにして、何とか私との関係を繋いでおきたい、と考えているだろう。残念ながら私にそんなコネは無いのだが。
「俺は別に構わないよ。機材はこっちで用意できるし、ギャラもあるとき払いでいい」。私は冗談半分にそう言ってみせた。
「本気で!?」とノリオが言った。
「アキラ君が来るなら、あたし毎日通う」

 覚醒剤がそれほど効いていない私は酒を飲み、3人でくだらない話をし、ノリオは「久々にスピードをキメたから、少し早めに店閉まいする」と言い、私は飲み代を払おうとしたが、ノリオは「いらない」と言った。
「クミ。お前一人で帰れるか?」とノリオが訊いた。クミは落胆して、
「帰れるわよ。子供じゃあるまいし」と答えた。
「気をつけろよ。普通の状態じゃないんだから」とノリオは言った。
「大丈夫だって!しつこいわね」
「俺が送ってくよ」と私は言った。
「じゃあ悪いけど、アキラ君にお願いする。クミ、今日はアリガトな」。そう言ってノリオはそそくさと消えていった。
 クミは時折振り返ってノリオの姿を目で追い、完全に視界から消えたのを確認すると、
「ねぇアキラ君。二人で、もっとキメない?」と甘えた声を出した。
「冗談でしょ!?」と私は言った。
「だって全然やった気しなくない?。殆どあの男が吸っちゃったし...」
 私は一瞬自己撞着して、「しょうがないなぁ。絶対内緒だぞ」と言った。
「アキラ君とあたしの二人だけの秘密!」。そう言ってクミは笑った。

 私たちは近くのラブホテルに入った。人生は興趣が尽きない。そんな自分もまだ何処かにいる。
 クミはもともとモデルだったが、今はホステスをしながら生計を立てている、スレンダーで見栄えのする女だった。
「俺は殆ど、S(覚醒剤)はやらないし、自分では絶対に買わない事に決めている。これも知人からたまたま貰ったんだ」
「大丈夫よ。アキラ君。この事は絶対に誰にも言わないから。安心して」。そう言うとクミは覚醒剤の煙を吸った。
「ノリオ君とは長いの?」。私はクミに尋ねた。
「知り合って1年くらいかな?。あ、あたし達、別に付合ってるわけじゃないから。ノリオには同棲してる彼女がいるし...」
 私はそんなクミをぼんやりと見ながら、こんな夜に一人で居るのは、確かに辛いだろうな、と少しだけクミに同情した。
 当然私達は一睡もせずに、ホテルをチェックアウトした後も二人で公園へ行き、水以外何も口にせず、狂った時間の感覚に身をまかせ、夜まで二人で語り合った。

 三日後、ノリオから電話が来た。
「この前はどうも。突然電話して何だけど、エス持ってたら少し分けて欲しいと思ってさ」。それは地獄の底から聞こえて来るような声だった。
「ゴメン、今切らしてるんだ」。私は退屈していたので言ってみた。「そうそう、この前の話なんだけど、今夜機材持って行けるから、今夜からプレイできるよ」
 そうして私はそのパブのDJになった。

 当然、カウンターメインの小さなパブにDJという不自然さを克服するためには、店の雰囲気やコンセプトを変えなければならなかった。
 私達はパブの中全体を、クラブのバーコーナーに見立て、狭い店内で窮屈な圧迫感が出ないよう、ブラックライトに光る蛍光塗料で、壁にリアルな地球や星を描いた。訪れた客が、月面にポツンと置かれたバーカウンターで飲んでいるような気分を誘う、小物なども配置した。
 シンプルでスッキリとした爽快感が味わえるように、他の照明の強さと色も配慮した。
 そして音楽が人を包み込むように、天から降り注ぐスカッとした高音と、腹に響くような迫力のある重低音の大音量の中で、会話が苦痛なく出来るようにボーカル帯域を絞り、長時間音楽を聴いていても音疲れしないよう、チューニングを施した。かといって、やはり会話をするためにはそれなりに声を出さなければならず、多少大きな声を出すのは客のテンションを上げることにも繋がると考え、非日常的テンションを引き出すパブ、というのも売りにしていこうと考えた。
 パブの入っているビルのすぐ近くには、大箱のクラブもあり、フリーのクラバー達が気軽に流れ込めるように、料金も比較的安めに設定し直した。
 出来上がったパブは私にとっても居心地が良くなり、客足も増え、少しずつ活気を出し始めた。旨く回転させる為には選曲も重要になり、充分私の向上心もかき立てられた。
 そしてケイがパブに現れたのは、それから間もなくのことだった。

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ALTEC A7


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