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BORDERLINE (7) [BORDERLINE]

    ◆1話目から読む◆

 朝になって明らかに私達の間に一つの歪んだものが生まれた。
 目が覚めると小雨が降っていた。私とケイは朦朧とした意識の中でもう一度ファックして、チェックアウトの時間ぎりぎりまで寝ていた。私はタクシーを呼び、ケイを家まで送ることにしたのだが、ケイが送ってほしいと言った場所は以前から半同棲生活を送っていたという、その男の住むアパートだった。
 私達は車の中では殆ど無言でいたのだが、ケイは時々一人で思い出し笑いをしては私の太ももを叩いた。
 男のアパートに着くとケイは「彼を見せてあげる」と言って車から降りた。そしてアパートの1階にある一室の窓をトントンとノックすると、中から男が窓を開けて姿を現し、ケイがその男に自分のバックを手渡すと、男はケイのバッグを受け取り、私の方を見る事もなく部屋の中へ引っ込んでしまった。その姿はまるで影の薄い自分自身を見ているかのようだった。
「俺は何をやっているんだろう?」と私は声に出して言った。
 ケイは一瞬淋しそうな顔を見せたが、壁に手をかけてフラフラと立ったまま片方のブーツを脱ぎ、それを窓の中へ放り投げ、窓枠へ飛び乗って腰をかけ、もう片方のブーツを脱いだ。そして私に手を振ってそのまま窓の中へ入っていった。
 私は苦しまなければならないのだ。アサコを死なせてしまった報いとして、一生苦しまなければならないのだ。そう思った。そう考えるのが一番楽だった。
 
 ケイの男のアパートでの光景が心の奥深くに残り、ずっと頭から離れずにいた私は、毎日のように覚醒剤を使用していた。透明な結晶を粉にして、千円札をくるくる丸めて作ったストローで鼻から吸引する事もあれば、水に溶かして注射器で直接血管に打ち込む事もあった。なぜなら私は自分の中にある壊れやすいもの全てを粉々に壊してしまいたかったから。そうすれば私は自分に相応しい野蛮人になることが出来る。そういう人間になってしまえば楽だろうし、もしかしたら偶然、本当に楽しく生きられるキッカケが掴めるかも知れない、とも思った。でも結果として私の中の繊細で壊れやすいものたちは、醜い執着心や猜疑心に変化して増殖し、誇大化していくだけだった。
 私はその頃はまだDJをしていたのだが、もはや私のことを正常な人間として扱う者は誰一人として居ないような気がしていた。私の目に映る人間は全て、私を敵対視しているような気がしていたのだ。だから、客の殆ど居ない時間帯だけは、冷たく澄み切ったディープな世界を、完璧なミックスで表現する事が出来るのだが、客が多くなると頭の中がメチャクチャになった。
 流行っている曲ばかりをかけてフロアを盛り上げよう、などという短絡的なDJスタイルではなく、あくまでも、その瞬間にだけしか出来ない選曲の中で、その一曲に意味を持たせる、というのが私のプレイスタイルの基本だった。
 けれどそれ以前に、もはや私には客を引っ張るだけのパワーが無く、テンションも低く、そして何よりも他人に対する共感能力を失っていた。

 そんなある日、ケイは男の部屋から電話してきて「淋しいから会いたい」と言ってきた。私は、今忙しい、と言ってそんなケイを冷たくあしらった。その1時間後、ケイは一人でクラブに現われて私を見つけ、手を引いてコインロッカーの影に私を連れて行き、いきなり私の唇にキスを押し付けてきた。そして「アキラさん、完璧に目がイッちゃってるね」と言った。それを聞いた私はゾッとして気分が悪くなった。
 DJブースの中で何の目的も無くレコードを回している間、ケイは他の客に混じってベンチに腰を掛け、私のことを見ていた。私はケイと目が合った。そして溜め息を吐いて「もう限界だ」と思った。私は次の順番のDJのところへ行き、体調が悪いので代わってくれ、と頼み、ケイの手を引いてクラブを出た。そして、そのままケイを自分の部屋へ連れて行った。
 部屋へ入るなり、私はケイを押し倒してうつ伏せになり、彼女の胸に顔を埋めた。ケイは震える手で私の頭を撫でていた。私はわけも分からずに涙が溢れ出てきて、彼女の服が私の涙で濡れた。ケイは私の頭を抱きしめた。私はジーパンのポケットからスピードの入ったパッケージを取り出し、ビニールを歯で食いちぎって中身を口の中へ入れ、結晶の固まりを歯で砕き、半分を舌で彼女の口の中へ押し込んだ。そして中指でパッケージに残った覚醒剤の粉をすくい取り、ケイのスカートをまくり上げて下着の中に手を入れ、ヴァギナに覚醒剤の粉を擦り付けるようにしてから、じっとりと濡れてきた彼女の膣の中に中指を入れた。私の中指はケイの体温で包まれ、締めつけられた。
 結局私たちは丸2日間を一緒に過ごした。その間に私たちがした事といえば、ケイが自分の職場に電話して、風邪で熱を出した、と言って嘘をつき、仕事を休みますと告げた事以外、全裸でファックするだけだった。何回ファックしたのかも分からないくらいに何度もファックしたせいで、私の膝はシーツに擦れて真っ赤になって皮がずる剥け、ケイは「トイレへ行く」と言って立ち上がったのだが「あ痛たたた、股が痛い」と言って崩れ落ちた。
 私の部屋は11階建てのマンションの最上階にあったのだが、周りのビルは10階建てが多かったので、窓から見える景色は、何処までも続く灰色のビルの屋上だった。それはまるで、全てを破壊し尽くされた戦場の跡地を思わせた。朝になると、遠くに見える灰色の地平線から、真っ赤に登る孤独な太陽を眺めることが出来た。
 部屋には古くて大きな冷蔵庫と、オーディオ装置と、29インチのテレビがあった。ベッドは無くて、マッドレスだけをこげ茶色のフローリングの床の上に敷いていた。テーブルが無かったのでアルミ製のトランクをテーブル代わりにしていて、窓にはカーテンも無かった。さすがの私も、これではあまりにも殺風景過ぎる、と思ったのだが、カーテンやテーブルを揃えるよりも先に、近所の観葉植物専門店で大きめのパキラを1本買ってきて、窓の近くに置いた。そうする方が私には居心地が良いと思ったからだ。
 まっすぐに伸びたパキラの太い幹は、長さ1メートルくらいの所で平に切られていた。その横から1本だけ細い枝が生えていて、二つに枝分かれし、その先にはそれぞれ5枚ずつの大きな葉がついていて、日の光りに照らされて葉の緑が半透明に透けていた。
 ケイはトイレから戻ってくると、マットレスの上に寝ている私の隣に来て添い寝した。私は彼女に背を向ける形で横になっていた。ケイは私の背中に顔を付けて「あたしこの部屋好きよ。生活感が無いところも。青い空も。何もかも冷たく感じるところも」と言った。
「合鍵を渡しておくから、何時でも好きなときに来なよ」と私は言った。そう言いながら私は、本当にケイのことを好きになってしまったのかも知れない、と思った。彼女の言葉は他の誰よりも私の心に触れていたから。
 私は向き直ってケイを抱きしめた。私の口は声にならずに「好きだよ」という言葉を発した。
 ケイは小さな声で「あたしも好き」と言った。だが、彼女の気持ちがあっという間に通り過ぎてしまう、この風景のように、いつか何処かへ消えてしまうことも、私には分かっていた。

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